プログラマのための IT 教科書

AI と一緒に開発する

この部の 5 / 9 章 ・ 全体で 17 / 76 章 ・ 読了目安 30 分

この章を読むとできるようになること
  • 生成されたコードに責任を持てる状態で PR を出せる
  • 業務ルールの部分を自分で検証できる
  • 任せてよい領域と、自分でやるべき領域を区別できる

今、AI を使わずにコードを書いている現場はほとんどありません。 新人研修でも、AI ツールの使い方が正式な講義として組まれています。

つまり、「使うかどうか」はもう論点ではありません。 差がつくのは使い方です。そして実際、次の2人の差は非常に大きくなります。

A: AI に書かせ、動いたのでそのまま PR を出す
B: 自分で設計を決め、AI に書かせ、全部読んで、テストは自分で書く

半年後、A は自分では何も直せない状態になっています。 この章は、そうならないための使い方の話です。

得意なことと、苦手なこと

得意苦手
定型的なコードの生成あなたの会社の業務ルール(ドメインとは何か)
形式の変換(JSON → 型定義、SQL → コード)社内の慣習・過去の経緯
知らない言語の文法(新しい言語をどう学ぶか)最新の API・破壊的変更の直後
エラーメッセージの解釈正しさの保証
テストケースの洗い出し何を作るべきかの判断
コードの説明・レビューの一次通過曖昧な要求の解決

右側は、すべて人間が判断する領域です。 そして実務の難しさは右側にあります。

ドメイン知識は絶対に埋められない

AI は「注文とは何か」を一般論としては知っていますが、 あなたの会社で「注文確定」がどの時点を指すかは知りません(ドメインとは何か)。

だから、AI が生成したコードは 一般論としては正しいが、業務としては間違っていることがあります。

しかもそれは動いてしまうので、テストも通り、レビューも通り、 本番のデータが壊れてから発覚します。

業務ルールの部分だけは、必ず自分で確認してください。

使い方の型

1. 書かせる前に、自分で設計を言葉にする

悪い: 「注文機能を作って」
良い: 「注文を確定する処理を書きたい。
       入力は注文ID、出力はエラーのみ。
       確定できるのは status が draft の時だけで、
       明細が0件なら弾く。永続化は OrderRepository interface 経由で。」

後者を書ける時点で、設計は8割終わっています。 そして AI が出す答えの精度も、比較にならないほど上がります。

逆に言えば、曖昧なまま投げると、曖昧なものが返ってきます。 これは人間に依頼する時と同じです(ドキュメントを書く)。

2. 小さく頼む

一度に大きな塊を生成させると、

  • 読むのが面倒になり、読まずに使う
  • 間違いが混ざっていても気づけない
  • どこが原因か切り分けられない

関数1つ、ファイル1つの単位で頼み、都度確認するほうが速く終わります。

3. 出てきたコードを、1行ずつ説明できるまで読む

これが最も重要です。

□ この行は何をしているか
□ なぜこの書き方なのか
□ エラーの時どうなるか
□ 自分のプロジェクトの規約に合っているか
□ 使われているライブラリは、本当にプロジェクトに入っているか
「AI が書いたので分かりません」は通用しない

PR を出した時点で、そのコードの責任はあなたにあります。

レビューで「ここはなぜこうなっているんですか」と聞かれて答えられないなら、 それはまだ出せる状態ではありません。

障害が起きた時、深夜に呼ばれるのは AI ではなくあなたです(監視とオンコール)。

4. テストは自分で書く

AI に実装とテストの両方を書かせるのは、危険です。

実装が間違っている
   ↓
その実装に合わせたテストが生成される
   ↓
テストが通る
   ↓
間違いが「検証済み」になる

テストの目的は「自分の意図どおりか」を確かめることです。 意図を持っているのは人間だけなので、期待値は自分で決めてください。

AI が有効なのは、テストケースの洗い出し(境界値や異常系の候補を挙げさせる)です。 そこから採用するかは自分で判断します。

5. レビュー用途が、実は最も費用対効果が高い

「このコードの問題点を、セキュリティ・エラー処理・境界値の観点で挙げて」
「この関数を、この言語の慣用的な書き方に直すとどうなるか」
「この設計で見落としている失敗パターンは?」

自分が書いたものを見てもらう使い方は、

  • 出力を鵜呑みにするリスクが低い(自分が正解を知っている)
  • 人間のレビュアーの時間を使う前に、明らかな指摘を潰せる
  • 指摘の理由を読むことで学習になる

新人がすぐ効果を出せるのは、この使い方です。

ハルシネーションに備える

AI は、存在しないものを自信を持って提示します。

□ 実在しないライブラリ・パッケージ
□ 実在しない関数・オプション
□ 古いバージョンの API(既に削除されている)
□ もっともらしいが誤った説明
存在しないパッケージ名という攻撃経路

AI が「よく提案する、実在しないパッケージ名」を、 攻撃者が先回りして公開レジストリに登録する手口が報告されています。

利用者が提案どおりに install すると、悪意あるコードが入ります。

知らないパッケージ名が出てきたら、必ず自分で調べてください。

ライセンスと依存ライブラリのサプライチェーン攻撃が、AI 経由で成立する形です。

情報の扱い

これは技術ではなくルールの問題です。

□ 会社が許可したツール・アカウントを使う(個人アカウントで社内コードを扱わない)
□ 顧客データ・個人情報・認証情報を貼らない
□ 未公開の仕様や社内固有の情報の扱いを、社内規程で確認する
□ 生成物の権利とライセンスの扱いを確認する(ライセンスと依存ライブラリ)
「ちょっとデバッグしたいだけ」で貼らない

エラーが出たログをそのまま貼る時、 その中にトークン・メールアドレス・顧客名が含まれていることがあります。

貼る前に一度読んでください。これは AI に限らず、 公開の質問サイトに貼る時も同じです(セキュリティ)。

学習への影響

短期の生産性と、長期の実力は別です。

任せても失われにくい任せると身につかない
定型コードの記述デバッグの手順(デバッグの技術)
文法の暗記設計の判断(設計の基礎)
API の使い方の検索業務の理解(ドメインとは何か)
原因を切り分ける力
意図的に自分でやる時間を作る

右側は、苦労した経験の量でしか身につきません。

おすすめは、こう決めておくことです。

・エラーの原因を、まず15分は自分で追う
・設計は自分で決めてから、AI に批評させる
・知らない概念が出てきたら、AI の説明で終わらせず一次情報を読む(新しい言語をどう学ぶか)

AI に説明させるのは有効です。 ただし、 説明を読んだだけで理解した気になるのが最大の罠です。 理解したかどうかは、自分の言葉で他人に説明できるかで判定してください(ドキュメントを書く)。

レビューする側として

将来、あなたも AI 生成のコードをレビューする側になります。

□ プロジェクトの規約と違う書き方が混ざっていないか
□ 使われていない引数・過剰な抽象化・不要な設定が入っていないか
□ 存在しないライブラリ・古い API を使っていないか
□ エラー処理が形だけになっていないか(catch して握り潰す等)
□ 業務ルールの解釈が、勝手に一般論になっていないか

最後の項目が最も重要で、かつ AI では検出できません。 そこを見るのが人間のレビュアーの仕事になります。

AI に書かせたコードが動き、テストも通りました。PR を出す前に必ずやるべきことは?

実務の落とし穴まとめ

  1. 理解せずマージする — 障害時に説明できない。責任は出した人にある
  2. 実装とテストの両方を生成させる — 間違いが「検証済み」になる
  3. 業務ルールを AI の一般論に任せる — 動くのに仕様が違う
  4. 知らないパッケージ名をそのまま install — 存在しないパッケージ名を狙う攻撃がある
  5. 曖昧な指示で大きな塊を作らせる — 読めない量が返ってきて、結局読まない
  6. 社内コード・顧客データを個人アカウントで扱う — 規程違反
  7. ログをそのまま貼る — トークンや個人情報が混ざる
  8. 説明を読んで理解した気になる — 説明できるかで判定する
  9. デバッグまで丸投げする — 最も身につかなくなる領域

まとめ

  • 論点は「使うか」ではなく使い方。半年後の実力に直結する
  • 書かせる前に、自分で設計を言葉にする。それができれば設計は8割終わっている
  • 小さく頼み、全行を読んで、1行ずつ説明できる状態にする
  • テストの期待値は自分で決める。実装とテストの両方を任せない
  • 自分のコードをレビューさせる使い方が、最も費用対効果が高い
  • ハルシネーションに備え、知らないパッケージ名は必ず自分で調べる
  • 情報の扱いは技術ではなくルール。許可されたツールで、貼る前に読む
  • デバッグ・設計・業務理解は、苦労した量でしか身につかない。 意図的に自分でやる時間を残す

公式ドキュメント

迷ったら一次情報に戻ってください。

対象リンク
AI 事業者ガイドライン(総務省・経産省)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/index.html
OWASP GenAI Security Projecthttps://genai.owasp.org/
GitHub Copilot ドキュメント(日本語)https://docs.github.com/ja/copilot

章末問題

AI が提案したパッケージ名が、聞いたことのないものでした。どうしますか。

次の章では、その依存ライブラリ自体をどう選び、 どう法的リスクを避けるかを扱います。

読み終わったら記録しておくと、目次で進み具合が分かります。