エンジニアとしての立ち振る舞い
読了目安 35 分
- 何で評価されるのかを説明できる
- AI が生成したコードをどこまで信じてよいか判断できる
- 障害を起こした時に何を最初にすべきか分かる
ここまでの章は「何を知っているか」の話でした。この章は「どう振る舞うか」の話です。
技術は調べれば分かります。しかし振る舞いは、 誰も明文化してくれないまま「できて当然」とされがちです。 そして評価の大部分は、実はこちらで決まります。
何で評価されるのか
新人のうちは「コードが書けること」で評価されると思いがちです。実際は違います。
チームがあなたに求めているのは、安心して仕事を任せられることです。
| 評価される人 | 評価されない人 |
|---|---|
| 状況が見えている(今どこまで進んだか分かる) | 声をかけるまで状況が分からない |
| できないことを早く言う | 締め切り直前に言う |
| 同じ指摘を2回受けない | 何度も同じ指摘を受ける |
| 自分の失敗を隠さない | 隠して後で発覚する |
| 調べてから聞く | 調べずに聞く / 調べすぎて止まる |
技術力の差より、この差の方がずっと大きく効きます。 そして、ここに書いたことは今日から全部できます。
先輩は、新人が最初から成果を出すとは思っていません。 教えるコストを払う前提で受け入れています。
期待されているのは、同じことを2回教えなくて済むことと、 状況が見えることの2つです。
「できない」ことは問題になりません。「見えない」ことが問題になります。
信頼は小さな約束で作られる
信頼は、大きな成果ではなく小さな約束の積み重ねで作られます。
- 「明日までに調べます」と言ったら、明日中に報告する(できなくても報告する)
- ミーティングに時間どおり出る
- 「後で見ます」と言った PR を、その日のうちに見る
逆に、これを崩すと一気に失われます。 大きな成果1つより、小さな約束10個の方が信頼になります。
見通しを共有する
悪い: 「やっています」
良い: 「API の実装が終わって、今テストを書いています。
明日の午前中には PR を出せそうです」
聞かれる前に出すのが理想です。第6章の分報(times)はそのための道具です。
進捗が見えている人には、仕事を任せやすい。 ただそれだけのことです。
他人の時間を尊重する
チームで働くとは、他人の時間を使わせてもらうということです。
質問する時
第6章の質問テンプレート(やろうとしたこと・起きたこと・試したこと・聞きたいこと)は、 相手の時間を節約するための形式です。
- 調べてから聞く — ただし30分まで
- パブリックチャンネルで聞く — 同じ疑問を持つ人の役に立つ
- 答えをもらったら、結果を報告する — 「解決しました」の一言があるだけで違います
チャットで「ちょっといいですか?」だけ送って相手の返事を待つのは、 往復が1回増えるぶん、お互いの時間を無駄にします。
用件を最初に書いてください。相手は手が空いた時にまとめて答えられます。
❌ 「ちょっといいですか?」(→ 相手「はい」→ やっと本題)
✅ 「◯◯の件で相談です。〜という状況で、〜を試したのですが…」
レビューを依頼する時
- 小さく出す(第5章)
- 自分で一度読んでから出す — typo やデバッグコードの残りは自分で見つける
- 何を見てほしいか書く — 「特に◯◯の設計に自信がありません」
ミーティング
- 時間どおりに始められる状態で入る
- 目的が分からない会議は聞いてよい — 「何を決める会ですか?」は失礼ではありません
- 議事録を書く — 新人にできる最高の貢献の1つです。用語も覚えられます
AI との付き合い方
今の新人にとって最も重要な節です。ここを間違えると、 成長が止まるか、事故を起こすかのどちらかになります。
大原則: 生成されたコードの責任は、あなたにあります
❌ 「AI が書いたので、そういう実装になっています」
これは通用しません。PR に自分の名前で出した時点で、それはあなたのコードです。 レビューでの説明責任も、本番で壊れた時の責任も、あなたが負います。
だから、理解できないコードを出してはいけません。
これは事故になります。会社によっては懲戒の対象です。
入れてはいけないもの
- 社内のソースコード(許可されたツール以外)
- 顧客データ・個人情報
- API キー、認証情報
- 未公開の仕様、設計資料
多くの会社が「このツールは使ってよい」というリストを持っています。 分からなければ、使う前に必ず確認してください。「たぶん大丈夫」で判断しないでください。
使ってよい場面・注意する場面
| 場面 | 使い方 |
|---|---|
| 知らない概念を理解する | ◎ 分かりやすく説明してくれる。ただし裏を取る |
| エラーメッセージの意味を聞く | ◎ 調査の入口として優秀 |
| 定型的なコードを書く | ○ 理解した上でレビューして使う |
| 設計を相談する | △ 選択肢は出るが、社内の事情は知らない |
| 仕様が曖昧な実装を任せる | ✕ 曖昧さは AI では解決しない。人に確認する |
AI は自信たっぷりに間違えます
存在しない API、存在しないオプション、古いバージョンの書き方を、 まったく同じ調子で提示してきます。
「そんなメソッドは存在しません」というエラーが出たら、
それは AI が間違えています。
必ず一次情報(公式ドキュメント)で裏を取ってください。 これは第0章の「調べる順番」そのものです。
学習を止めない
AI に聞けば答えが出るので、理解しないまま進めてしまいます。
半年後、AI が使えない場面(設計会議、障害対応、面接)で、 自分が何も説明できないことに気づきます。
対策は簡単です。出てきたコードを、自分の言葉で説明してみてください。 説明できないなら、まだ理解していません。その場で調べてください。
AI は「調べる時間を短縮する道具」であって、「考えなくてよくする道具」ではありません。
障害対応での振る舞い
いつか必ず、あなたが関わったコードで本番が壊れます。全員が経験します。 その時どう振る舞うかで、評価が大きく変わります。
順番を守る
1. 復旧 ← 最優先。まず止血する
2. 影響範囲の把握
3. 原因究明 ← 復旧してから
4. 再発防止
原因が分からなくても、先に戻してよいのです。 ロールバックは敗北ではなく、正しい手順です(第5章)。
「自分のミスだから自分で直す」と黙って作業するのが、最悪の行動です。
障害はチームの問題です。すぐに声を上げてください。
「本番でエラー率が上がっています。
15時のデプロイが原因の可能性があります。ロールバックしてよいですか?」
判断を仰ぐこと自体が、正しい振る舞いです。
自分がやらかした時
やることは3つだけです。
- すぐ報告する — 隠す時間がそのまま被害になります
- 事実を正確に伝える — 言い訳より、何をしたかの時系列
- 復旧に集中する — 落ち込むのは後で
「15:20 に deploy.sh を実行しました。
設定ファイルの DB 接続先をステージングのままにしていたようです。
現在エラー率が 30% です。ロールバックします。」
この報告ができる新人は、強く信頼されます。 逆に、隠した1時間は永久に取り返せません。
犯人探しをしない
他人のミスが原因だった時も、責めないでください。
障害の原因は、たいてい個人ではなく仕組みにあります。
❌ 「なんで確認しなかったんですか」
✅ 「設定ミスに気づける仕組みが無かったですね。CI でチェックできませんか」
障害後に、原因と再発防止をまとめる文書をポストモーテムと呼びます。
blameless(誰も責めない) が大原則です。 責める文化があると、次から誰も障害を早く報告しなくなり、 被害が拡大するようになります。
新人でも書けます。時系列を正確に書くだけで大きな価値があります。
やってはいけないこと
新人が「知らなかった」で踏みやすい地雷です。
| やってはいけないこと | なぜ |
|---|---|
| 本番の DB を直接触る | 1文字のミスで全データが消えます。必ず許可と手順を確認 |
| 本番データをローカルに落とす | 個人情報の持ち出しになります |
| 勝手に大きな設計変更をする | 「良かれと思って」でも、影響範囲が読めません |
| 無断で外部サービスに社内情報を入れる | AI ツール、翻訳サイト、オンラインの整形ツールも含みます |
kubectl edit で本番を直して放置 | 次のデプロイで消えます(第3章・第15章) |
| アラートを止める | 鳴りやみますが、障害は続いています |
この一覧に共通するのは、取り返しがつかないことです。
「これは戻せるか?」と自問してください。 戻せない操作の前は、必ず誰かに確認する。それだけで大半の事故は防げます。
聞いて怒られることはありません。聞かずにやって事故になる方が、100倍問題です。
自分のデプロイが原因で本番のエラー率が急上昇しました。最初にすべきことは?
1on1 とフィードバック
多くの会社に、上司や先輩との定期的な1対1の時間(1on1)があります。
何を話せばいいか分からない時
新人が「特にありません」で終わらせがちな時間ですが、もったいないです。 話すことが無いなら、この4つのどれかを持っていってください。
- 今困っていること(技術でも人間関係でも)
- 自分の理解が合っているかの確認(「このチームの優先順位は◯◯という理解で合っていますか」)
- 次に何を学ぶべきかの相談
- やってみたいこと
1on1 はあなたのための時間です。 上司への報告会ではありません。
ネガティブなフィードバックを受けた時
落ち込みます。それは当然です。その上で、次を意識してください。
- 人格ではなく行動への指摘として受け取る
- 具体例を聞く — 「どういう場面でそう感じましたか?」
- すぐ直せるものを1つ選ぶ — 全部直そうとすると何も変わりません
待っていると、フィードバックは年に2回しか来ません。
「先週の PR、レビューしづらい点はありましたか?」
「もっとこうしてほしい、ということがあれば教えてください」
自分から聞きに行く人は、伸びるのが圧倒的に速いです。 そして「改善したい意志がある人」として見られます。
学び方
変わらないものを優先する
技術の流行は数年で変わります。しかし変わらないものがあります。
| 変わりやすい | 変わりにくい |
|---|---|
| フレームワーク(React, Next.js…) | HTTP、TCP、DNS |
| ライブラリ、ツール | データ構造、計算量 |
| クラウドの個別サービス | 設計原則、トランザクション |
| 言語の流行 | セキュリティの原理 |
この教科書が第3部(ネットワーク・Web・ブラウザ)に力を入れているのは、 そこが10年後も使えるからです。
新しいフレームワークは、土台があれば数日で学べます。
業務時間に学ぶ
「勉強は家でやるもの」ではありません。 業務でつまずいた場所を深掘りするのは、立派な業務です。
分からない概念に出会ったら、その場で30分調べる時間を取ってください。 それを止める職場は、むしろ問題があります。
記録を残す
学んだこと・詰まったことを、その日のうちに書き残してください。
- 自分の資産になる(同じ問題に3ヶ月後また会います)
- チームの資産になる(次の新人が同じ場所で詰まります)
- 評価面談で使えます(何をやったか、意外と思い出せません)
長く続けるために
最後に、これも大事な「立ち振る舞い」です。
- 詰まった時は休む — 30分粘って解けない問題が、翌朝5分で解けることは本当によくあります
- 長時間労働で成果を出さない — 一度やると、それが基準になります
- 体調不良は早く言う — 隠して悪化させる方がチームに迷惑がかかります
できる人ほど抱え込んで、静かに限界を迎えます。
「無理です」「手が回りません」と言うのは、弱さではなく状況報告です。 第6章の「報告が遅れることが問題」は、体調にもそのまま当てはまります。
このキャリアは数十年続きます。最初の1年で燃やし尽くす必要はありません。
最初の1ヶ月のチェックリスト
- 分からなかった用語をメモに残している
- 詰まった時、30分で人に聞けている
- 質問に「試したこと」を書けている
- 毎日、進捗が見える形で共有している(分報など)
- README や手順書の間違いを見つけたら PR を出している
- 会社の AI ツール利用ルールを確認した
- 「これは戻せるか?」を操作の前に考えている
まとめ
- 評価されるのは技術力より、安心して任せられるかどうか
- 信頼は小さな約束の積み重ね。進捗が見えることが最重要
- 質問も依頼も、相手の時間を節約する形で出す
- AI が書いたコードの責任は自分にある。機密情報を入れない。裏を取る。 説明できないコードは出さない
- 障害は 復旧 → 把握 → 原因 → 再発防止 の順。隠さず、すぐ言う
- 犯人探しをしない。原因は個人ではなく仕組みにある
- 戻せない操作の前には必ず確認する
- 1on1 は自分のための時間。フィードバックは自分から取りに行く
- 変わらないもの(HTTP、設計原則)を優先して学ぶ
- 長く続けるために、抱え込まない
章末問題
AI に生成させたコードを PR に含めます。レビューで「なぜこの実装に?」と聞かれた時、適切な対応は?
先輩のデプロイが原因で障害が起きました。振り返りの場での適切な発言は?
本番DBのデータを1件だけ修正したい、と頼まれました。SQL は自分で書けます。どうしますか。
ここまでお疲れさまでした。
この教科書に書いたことは、知っていれば防げることばかりです。 それでも必ず何かでつまずきます。その時は、 30分考えて、人に聞いてください。 それが一番の近道です。