新人としての心構え
この部の 3 / 4 章 ・ 全体で 3 / 76 章 ・ 読了目安 30 分
- 分からない言葉をその場で解消できる
- 同じことを2回聞かない仕組みを持つ
- 1ヶ月前の自分と比べられる
前章では、学生と実務の前提の違いを見ました。 この章は、それを踏まえて日々どう行動するかです。
技術は後からいくらでも身につきます。しかし、 最初の数ヶ月で身につけた行動の習慣は、その後ずっと残ります。
ここに書くのは、たった1つのことの言い換えです。
分からないことを、分からないまま放置しない。
1. 「なんとなく分かった」で進めない
新人が最も損をするのが、これです。
先輩「この処理は冪等だから、リトライしても大丈夫」
新人(冪等……? たぶん大丈夫って意味かな)「はい、分かりました」
この瞬間、その後の会話がすべて崩れます。 そして、聞き返すハードルは時間とともに上がっていきます。
その場で聞く → 30秒で終わる
3日後に聞く → 「なぜ今まで黙っていたのか」になる
半年後に聞く → もう聞けない
会話を止めるのは失礼ではありません。むしろ歓迎されます。
「すみません、冪等ってどういう意味ですか」
「今の◯◯という言葉、初めて聞きました。教えてください」
「一度整理させてください。つまり〜という理解で合っていますか」
最後の形が特に強力です。自分の理解を言語化して確認するので、 ずれていればその場で修正されます。
分からないことリストを作る
会話や作業の途中で出てきた「知らない言葉」を、その場でメモします。
□ 冪等性 …… ?(マイクロサービスの実務にあるらしい)
□ ステージング環境の URL は?
□ 「引当」って在庫の何?
□ なぜこのテーブルに status が2つある?
そして、
□ 調べれば分かるもの → 後で自分で調べる
□ 社内固有のもの → 次の1on1やSlackでまとめて聞く
□ 業務のルール → 業務側の人に聞く(ドメインとは何か)
放置していい項目は1つもありません。 ただし、 全部をその場で聞く必要もありません。分類して、いつ解消するかを決めてください。
2. 同じことを2回聞かない工夫
聞くこと自体は歓迎されます。しかし、 同じことを3回聞くと、さすがに信頼に響きます。
原因はほぼ、メモの取り方です。
✕ 言われたことをそのまま書き写す
→ 後で読んでも意味が分からない
○ 自分の言葉に置き換えて書く
→ 書いている時点で、理解できているかが分かる
教わった手順は、自分で再現できる形にまとめ直します。
## ステージングにデプロイする手順(自分用メモ 2026-08-08)
1. main にマージされていることを確認
2. Actions の「Deploy to Staging」を実行
3. 5分待って https://... で確認
※ 失敗したら #dev-staging に投げる。だいたい権限の問題らしい
これには2つの利点があります。
- 2回目からは自分で完結できる
- そのまま新人向けドキュメントになる(ドキュメントを書く・mentor 側のコンテナと Kubernetes)
「手順書が無い」と感じたら、それはあなたが最初に書ける機会です。
3. 素直に受け取る。ただし盲従はしない
指摘された → 落ち込む → 隠すようになる ← 最悪の循環
指摘された → 直す → 理由を聞く → 次に活きる ← これ
指摘は、あなたではなくコードに向けられています(第0部)。
そして重要なのは、「はい」で終わらせないことです。
✕ 「はい、直します」(なぜ直すのか分かっていない)
○ 「直します。これは◯◯という理由で問題になる、という理解で合っていますか」
納得できなければ、聞いて構いません。 議論して構いません。 「言われたから直した」だけの人は、次も同じ指摘を受けます。
4. 事実で話す
✕ 「たぶん動いています」「だいたい終わりました」「なんかエラーが出ます」
○ 「ステージングで3回試して、3回とも成功しました」
○ 「実装は完了、テストが未着手です」
○ 「このエラーが出ます(全文を貼る)」
「たぶん」と言いたくなったら、確かめられるかを考えてください(ドキュメントを書く)。 確かめたなら事実を言えます。確かめていないなら「未確認です」と言えば十分です。
「デプロイは完了しています」(実際は CI が通っただけで、本番未反映)
これは嘘をつくつもりが無くても起きます。言葉の定義が違うからです。
□ 「終わりました」の前に、何をもって終わりかを確認する(開発の流れの DoD)
□ 確認していないことは「確認していません」と言う
一度でも「大丈夫です」が外れると、次から全部を疑われます。 逆に、正確に話す人は、少ない言葉で信用されます。
5. 早く、小さく見せる
完璧にしてから見せる → 方向が違ったら全部やり直し
7割で見せる → 5分の会話で修正できる
「まだ汚いんですけど」と前置きして見せて構いません(第0部)。
□ 設計を始める前に、方針を一言で共有する
□ 実装の途中で、一度画面共有して見てもらう
□ PR は小さく、こまめに出す(開発の流れ)
6. 時間を測る
□ 「これは30分で終わる」と見積もってから始める
□ 実際にかかった時間を記録する
□ ずれた理由を振り返る
見積もりが外れるのは当然です。ずれの傾向を知ることに意味があります。
「調査に時間がかかる傾向がある」
「テストを書く時間を計算に入れ忘れる」
「レビュー待ちの時間を見積もっていない」
3ヶ月続けると、見積もりの精度が明らかに上がります。 そして、これはアジャイルとチーム開発のスプリント計画で直接役に立ちます。
7. やったことがなくても手を挙げる
「誰かこれやってくれる人」
→ 誰も手を挙げない数秒
→ ここで手を挙げると、経験が手に入る
「できます」ではなく「やってみたいです。教えてもらえますか」 でよいのです。
新人に対して、最初からできることを期待している人はいません。 やる意思があるかどうかだけを見ています。
何でも引き受けるのが正しいわけではありません。
□ 既に抱えているタスクが遅れそう → 優先順位を確認する
□ 明らかに時間が足りない → 状況を伝えて相談する
断るのではなく、「今これを持っているので、どちらを優先しますか」と聞く。 これは技術者の社会的責任の行動の型と同じです。
8. 記録を残す
□ 詰まったこと・解決した方法(自分用のログ)
□ 教えてもらったこと
□ 「なぜそうしたか」の判断(ドキュメントを書く)
3ヶ月後の自分は、今の自分の苦労を覚えていません。 そして、その記録は次の新人にそのまま渡せます。
9. 学び続ける。ただし業務時間内で
□ 分からなかったことを、その日のうちに1つ調べる
□ 業務で使う技術の公式ドキュメントを、少しずつ読む(新しい言語をどう学ぶか)
□ 先輩の PR を読む(レビューしなくても、読むだけで学べる)
技術の勉強を業務時間外でやるかは、個人の選択です。
□ 業務に必要な学習は、業務時間内でやってよい(そう明示している会社は多い)
□ 学習の時間が取れないなら、それはチームに相談すべき状況
□ 疲れている時に無理をしても、身につきません
長く続けられることのほうが、短期の詰め込みより圧倒的に価値があります(エンジニアとしての立ち振る舞い)。
10. 他人と比べない
□ 同期のほうが進んでいるように見える
□ 先輩は5分で終わることに、自分は3時間かかる
当たり前です。 先輩は同じことを100回やっています。
比べるなら、1ヶ月前の自分とだけ比べてください。
□ 1ヶ月前に分からなかった言葉が、今は分かるか
□ 1ヶ月前より、聞く前に自分で調べられているか
□ 1ヶ月前に3時間かかったことが、今は1時間で終わるか
技術の理解より先に、「詰まった時に自分で動けるようになった」 という変化が来ます。 それが最初の成長です。
心が折れそうな時
最初の数ヶ月、ほぼ全員が「自分は向いていないのでは」と思います。
□ 周りが何を話しているか分からない
□ 簡単そうなタスクに3日かかる
□ 迷惑をかけている気がする
これは能力の問題ではなく、単に経験していないだけです(第0部)。
□ メンター以外にも相談先があることを、初日に確認しておく
□ 体調と睡眠を優先する。判断力から落ちます
□ 一人で抱え込まない。これはこの本で最も繰り返している言葉です
先輩の説明の途中に、聞いたことのない用語が3つ出てきました。どうしますか。
まとめ
- すべては1つのことの言い換え——分からないことを放置しない
- 「なんとなく分かった」で進めない。その場で止めるのは失礼ではない
- 分からないことリストを作り、いつ解消するかを決める
- 同じことを2回聞かないために、自分の言葉でメモを取り直す。 それはそのまま次の新人のドキュメントになる
- 指摘は素直に受け取る。ただし理由を聞く
- 「たぶん」を減らす。確かめたなら事実を、確かめていないなら「未確認」と言う
- 7割で見せる。早いほど修正が安い
- 見積もりと実績を記録する。ずれの傾向を知ることに価値がある
- やったことがなくても手を挙げる。ただし抱えすぎたら優先順位を相談する
- 業務時間内で学ぶ。長く続けられることが最も価値が高い
- 比べるのは1ヶ月前の自分とだけ
参考資料
| 対象 | リンク |
|---|---|
| 厚生労働省 こころの耳(働く人のメンタルヘルス) | https://kokoro.mhlw.go.jp/ |
| IPA 情報セキュリティ安心相談窓口 | https://www.ipa.go.jp/security/anshin/index.html |
| 受け入れる側が読む本 | https://onboarding-skills.makoto-developer.net/chapters/asking-culture/ |
次の章では、技術以前の——社会人としての基本を扱います。 「そんなこと」と思うかもしれませんが、ここが崩れると技術は見てもらえません。